う蝕(虫歯)、歯周病、外傷などによって歯を喪失した場合、失った歯を補う治療が必要となります。しかしながら、どのような治療方法があるのか、治療しなかった場合に何が起きるのかについて、不安に思われている方も多いのではないでしょうか。
また、「それほどに支障を感じなかった」、「目立たないから気にならなかった」、「忙しくて病院に行かないでいたら、慣れてしまった」など、様々な理由から治療を受けず、部分的に歯を失った状態のまま過ごしている方もおられるのではないでしょうか。
今回は、歯の喪失を放置した場合に起こりうる危険性と、歯を失った場合の治療方法について、ご紹介いたします。
1.歯の喪失を放置した場合に起こりうる5つの危険性
1-1.隣在歯の傾斜
それぞれの歯は、隣り合う歯(隣在歯と言います)と互いに接触し合うことにより、歯列(歯並び)を構成しています。食物を粉砕する時、上顎歯列と下顎歯列との間に噛む力が発現しますが、隣り合う歯同士が相互に支えあうようにして噛む力に抵抗し、本来の歯の位置を保っていると考えられています。
ですので、部分的に歯を失った状態のままに長期間過ごしていると、失った歯の両隣の歯が、失った歯のスペースを埋める方向へと次第に傾いてきます。これを隣在歯の傾斜と言います。
すなわち、歯の喪失を放置した場合には、隣在歯の傾斜が引き起こされ、歯列が損なわれてしまう危険性があると言えます。
1-2.対合歯の挺出
顎を閉じた時、上顎の歯は下顎の歯と、下顎の歯は上顎の歯と、それぞれ適切に接触し合うことにより、咬合(咬み合わせ)を構成しています。この時、咬み合う相手の歯を対合歯と言います。また、対合歯と適切に咬み合うことによって、それぞれに本来の歯の位置を保っていると考えられています。
例として、右下の奥歯を1本失ってしまった場合を考えてみましょう。この時、失った歯を補う治療を施さずに放置すると、右上の奥歯は、それまで噛み合っていた相手を失ったままとなってしまいます。やがて、右上の奥歯は、咬み合う相手がいないために下方向へと移動し、伸びてきてしまいます。これを対合歯の挺出と言います。
すなわち、歯の喪失を放置した場合には、対合歯の挺出が引き起こされ、反対側の歯列も損なわれてしまう危険性があると言えます。
1-3.咬合の変化
正常な歯列では、上顎歯列と下顎歯列との接触関係が顎の動きに調和することにより、咬合(咬み合わせ)のバランスが維持されていると考えられています。さらに、顎の関節や筋肉の働きとも調和することにより、正常な機能が安定して営まれると考えられています。
部分的に歯を失った状態のままに長期間過ごしている場合、隣在歯の傾斜や対合歯の挺出が生じ、上下顎それぞれの歯列が損なわれることから、顎の動きに対する不調和が生じやすくなります。例えば、咬み合わせる時に一部の歯に強い負担が集中したり、顎を左右に動かす時に傾斜歯や挺出歯が干渉したりするようになります。このような咬合の異常は、顎の関節や筋肉の働きに悪影響を及ぼし、顎の動き自体を変化させ、不安定にさせる場合があります。
すなわち、歯の喪失を放置した場合には、咬合が変化し、不安定になる危険性があると言えます。
1-4. 咀嚼・発音への影響
それぞれの歯により構成される歯列、上下顎の歯列により構成される咬合、さらに顎の関節や筋肉の働きとの協調により、口腔の機能(咀嚼や発音)が正常に営まれると考えられています。
前歯には、食品を咬断して口腔内に取り込む役割があり、臼歯には食品を粉砕して唾液と混和し、嚥下できるように食隗を形成する役割があります。歯の喪失を放置した場合には、これらの機能が十分に働かず、また次第に残っている歯の負担が大きくなっていきます。臼歯を喪失した場合には咀嚼能力が低下し、摂取できる食品の種類が限られるようになり、やがては栄養に偏りが生じやすくなります。
前歯を喪失した場合には発音へも影響し、特に「さ行」「た行」「な行」「ら行」への影響が目立ってきます。明瞭な発音が困難になると会話が楽しめなくなり、他人との交流が億劫になってしまう場合があるかも知れません。
1-5.歯科治療への影響
歯の喪失を放置した場合に起こりうる変化は、失った歯を補う治療に対しても、様々に影響します。例えば隣在歯が極端に傾斜してしまった場合には、人工の歯を支えづらくなります。対合歯が著しく挺出してしまった場合には、人工の歯で補うべきスペースが十分に取れなくなります。咬合が不安定な場合には、歯列や咬合の回復が困難になり、治療が長引く場合や、回復が不十分になる場合があります。
すなわち、歯の喪失を放置した場合には、歯科治療を困難にする危険性が増加すると言えます。
2.歯を失った場合の3つの治療方法
2-1. ブリッジ
ブリッジは、失われた歯の両隣の歯を支えとし、連結した人口の歯を被せる治療法です。支えとなる歯に対して歯科用接着剤で固定するため安定感に優れており、異物感が少ないという利点があります。一方、両隣の歯を支えとするためには歯質を削り込む必要があるため、健康な歯が犠牲になるという欠点があります。
また、ブリッジによる治療が適用できるのは、失われた歯が少なく、かつ支えとなる歯の条件が良い場合に限られるという制限があります。
2-2.入れ歯
入れ歯は、咬合力を支えるために顎の粘膜を利用する装置であり、床と呼ばれる粘膜に接する構造を備えています。取り外し可能な装置であることから、口腔内や入れ歯を清潔に保つ事が容易であり、さらに口腔内の変化に応じた修理や改造が可能であるという利点があります。
一方、粘膜で咬合力を支えるためには面積が必要とされるため、ブリッジやインプラントに比較して装置が大きくなり、異物感が生じ易いという欠点があります。そのために、入れ歯に慣れるまで一定の期間を要し、また歯科医師による調整が必要とされます。
入れ歯は、様々な設計が可能であることから適用範囲が最も広く、ブリッジやインプラントの適用が難しい場合でも、歯列と咬合を回復する治療が可能になります。
2-3.インプラント
インプラントは、人工歯根を顎の骨に外科的に埋入し、それを支えとして人工の歯を装着する治療法です。ブリッジのようには隣在歯の健全歯質を犠牲にせず、また入れ歯に比較して装置が小さくなって異物感が生じづらいという利点があります。
一方、インプラント治療では必ず外科処置が必要とされるために侵襲が大きく、全身の健康状態によっては適用できない場合があります。また、顎の骨の状態によっても、埋入手術が難しい場合があります。
まとめ
歯科医院で抜歯した場合には、その後の治療法について歯科医師から提案がなされるだろうと思います。しかし、様々な理由から治療を中断し、そのままに放置してしまう方もおられるかも知れません。
今回ご紹介したように、歯の喪失を放置した場合には様々な危険性が生じますので、歯がないままに過ごすことなく、治療に臨んでいただければと思います。
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