厚生労働省の行った統計調査によると、肺炎は日本人の死亡原因の第4位となっています(※)。
肺炎で死亡する人の94%は75歳以上の高齢者で、90歳以上では死亡原因の第2位が肺炎となります。
しかも高齢者の肺炎の70%以上が「誤嚥性肺炎」が原因とされ、注意の必要な病気です。
今回は年齢とともにリスクの高まる誤嚥性肺炎の原因と予防法、日常生活でのケアのポイントをご説明します。
※厚生労働省第8表死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合
1.誤嚥性肺炎とはどんな病気でしょう
食べ物や飲み物を飲み込む動作を「嚥下(えんげ)」という言葉で表します。嚥下の機能が正常に保たれていると、食べ物や飲み物は食道に入って行きますが、病気や加齢などで嚥下の働きが低下すると「嚥下障害」と呼ばれる状態になります。
嚥下障害になると舌や喉の動きが悪くなるために、本来食道に入って行く飲食物や唾液などが気管に入り、飲食物や唾液の中の細菌が肺の中で炎症を起こすと肺炎になります。
このように、嚥下障害によって誤って気管に入った細菌が原因で起こる肺炎のことを、誤嚥性肺炎と呼びます。
2.誤嚥性肺炎と典型的な肺炎の違い
誤嚥性肺炎かどうかは、原因が誤嚥によるものかどうか検査した上で診断されます。
誤嚥直後に肺炎を発症すると確実な診断が可能ですが、肺炎の初期症状は風邪の症状と区別がしにくいため、早期発見のためには風邪症状以外の徴候を見逃さないことも大切です。
2-1.典型的な肺炎の診断
発熱や咳、色の濃い痰が目立ち、胸部レントゲン撮影をすると肺にもやもやとした白い影が写ります。
2-2.誤嚥性肺炎の診断
典型的な肺炎の症状に先立って誤嚥があったかどうか、嚥下障害の症状があるか、肺に炎症があるかどうかで診断します。
2-3.誤嚥性肺炎の主な症状チェック
肺炎の典型的な症状の「激しい咳込み」「高熱」「濃い痰」「呼吸が苦しい」がある場合、肺炎の発見は容易ですが、高齢の方ははっきりとした症状が出ないままに肺炎が進行する場合も少なくありません。
誤嚥性肺炎の場合には、一般的な熱・咳・痰といった症状の他、次のような症状にも注意してみてください。
・食事中にむせたり咳込んだりすることが多くなった
・食事に時間がかかるようになった
・食後に疲れてぐったりしている
・唾液や口の中の食べ物がうまく飲み込めなくなった
・常に喉がゴロゴロ鳴っている
・息切れが多くなった
・元気がなくなっている
3.誤嚥性肺炎になる3つの原因
誤嚥性肺炎の原因は飲食物の誤嚥以外にもさらに2つの原因が考えられています。その3つを順にご説明しましょう。
3-1.飲食物の誤嚥
食事の時に、飲食物や唾液に含まれる細菌を含んだ食べ物を誤嚥して起こるもの。
3-2.細菌を含んだ分泌物の誤嚥
口の中や喉頭や咽頭の粘膜に細菌の塊ができていて、細菌を含んだ唾液などの分泌物を誤嚥して起こるもの。
3-3.胃食道逆流による胃内容物の誤嚥
食後すぐに横になって、胃食道逆流(胃の内容物が食道に逆流してくる)が起こり、胃の内容物を誤嚥してしまうケースもあります。また、夜間睡眠中に胃食道逆流が起こって胃内容物を誤嚥して肺炎の原因となることもあります。
胃食道逆流の誤嚥の場合、胃内容物には胃酸や消化酵素が含まれているので、気道粘膜をより損傷しやすいので肺炎を起こしやすくなります。
4.誤嚥性肺炎に特に注意の必要な人は
誤嚥性肺炎は嚥下障害が原因で起こりますが、中でも注意の必要な人は次のような方です。
4-1.高齢や脳血管疾患のある方
加齢によって嚥下をつかさどる神経や筋肉の反射は衰えていきます。また、脳梗塞などの脳血管疾患を経験された方は、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。
4-2.神経・筋疾患のある方や嚥下に関わる口や喉の病気の治療経験のある方
パーキンソン病など嚥下に関わる運動機能に影響する神経・筋疾患のある方、そして口腔・喉頭・咽頭などのがん治療後に嚥下の感覚が以前と異なってしまった方も誤嚥性肺炎に注意が必要です。
4-3.睡眠薬を常用されている方
実は、誤嚥性肺炎の原因になる誤嚥は睡眠中に起こることが多いと言われています。睡眠中は、唾液が少しずつ気管に入り込んでいても、意識できず排出することができないためです。睡眠薬を飲んでいると嚥下に関わる器官の働きも抑制されるので、誤嚥によって唾液が気管に入るリスクが高まります。
4-4.虫歯や歯周病のある方
口の中の虫歯や歯周病を治療せずに放置したままにしていると、誤嚥性肺炎の原因になる細菌を増やし続けることになります。きちんと治療し、口の中は清潔に保つようにします。
5.誤嚥性肺炎の予防法
誤嚥性肺炎の原因となる誤嚥を防ぐ方法には次のようなものがあります。
5-1.食事中の誤嚥を防ぐには
・硬い食べ物や飲み込みにくい食べ物をできるだけ避け、豆腐や茶碗蒸しなどの喉越しのよい半固形物を取るようにする。
・テレビを見ながらなど、「ながら食べ」を止め、食事に集中できるようにする。
・少量ずつ食べ、飲み込んでいる時には話しかけたりしない。
5-2.睡眠中の誤嚥を防ぐには
・上半身を少しだけ起こした姿勢で寝て、胃液の逆流を防ぐ。
・胃が活発に動いている食後2時間程度は、胃の内容物が逆流しないようにできるだけ座位を保つ。ベッドで生活している方も、食後2時間を目安に上体を30度起こした体位を保って誤嚥を防ぐようにする。
6.誤嚥性肺炎の予防には口腔衛生状態の改善が先決
誤嚥性肺炎を起こす細菌の多くは嫌気性菌(酸素の無い所で繁殖する菌)で、抗菌薬で治療されます。
しかし、再発を繰り返すのが誤嚥性肺炎の特徴です。再発を繰り返すたびに細菌は薬剤に対する耐性を獲得して、抗菌薬治療に抵抗性を持つようになります。
そのため、優れた抗菌薬にも抵抗を示す菌が原因の誤嚥性肺炎に対しては、現在でも治療困難なことが多く、高齢者の死亡原因の順位を上げています。つまり、誤嚥性肺炎は発症してから対処するのではなく、発症しないための予防に重点を置くべき疾患なのです。
6-1.誤嚥性肺炎防止の基本は適切な口腔ケア
誤嚥性肺炎防止には誤嚥防止とともに、口腔ケアによる細菌繁殖のコントロールも大切です。
6-2.自宅でできる口腔ケア
それでは、ご自宅でできる口腔ケアの例を挙げてみましょう。
・食事は落ち着いてよく噛み、誤嚥を防ぐようにする。
・歯磨きはご自分に合った清掃具(歯ブラシ、歯間ブラシ、フロス、舌ブラシなど)を用いて隅々まで丁寧に行う。
・入れ歯や部分入れ歯も寝る前には必ず清掃して清潔を保つ。
・口腔体操や口腔マッサージなども行って嚥下機能をできるだけ良好に保つ。
6-3.口腔体操のやり方
簡単にできて続けやすい口腔体操の一つに「あいうべ体操」があります。口周囲の筋肉を鍛えて誤嚥を防ぐ効果もあるのでお試しください。
①「あー」と口を大きく開く
②「いー」と口を大きく横に広げる
③「うー」と口を強く前に突き出す。
④「べー」と舌を突き出して下に伸ばす
①~④を1セットとして1日2~3回行います。体操を行う時、声は出しても出さなくても構いません。
参考:「あいうべ体操」で舌筋を鍛えて舌と顔のたるみを取ろう!
口腔ケアは毎日の継続が大切です。ご自宅で励行すると共に、定期的に歯科で歯科医師や歯科衛生士にアドバイスを受けていただくと万全です。
6-4.胃ろうは誤嚥性肺炎の再発防止になるのか?
むせたりうまく飲み込めないなどで口から食事が取れない人に対して、胃から直接栄養を摂取する「胃ろう」という処置がされることがあります。胃ろうは内視鏡を使って胃からお腹の表面までチューブを通したものです。口から食事をしなくなるので、誤嚥性肺炎防止のために胃ろうを考えられる方もおられますが、実際には胃ろうの処置をしても誤嚥性肺炎になる可能性はあります。
それは、胃に直接入れた栄養剤が喉まで逆流し、それを誤嚥して肺に細菌が入り込んでしまうケースがあるからです。また、口から食事をしなくなっても、口腔粘膜の剥がれたものや唾液などの分泌物はあるので、これらを誤嚥すると誤嚥性肺炎を起こす恐れがあります。
6-4-1.胃ろう処置後も口腔ケアは欠かせない
胃ろう処置をして口から食事を取らなくなっても口腔ケアは必須です。口から食事をしなくなると食事のために使っていた機能が衰えるので、嚥下などの口腔機能も一気に衰えてしまいます。
また、嚥下機能だけでなく唾液分泌の低下によって口の中が乾燥しやすくなるので、粘膜が傷つきやすく細菌感染もしやすくなります。
6-4-2.胃ろうの方の口腔ケア
・頬や顎などを介護者が手のひらを使ってマッサージし、口や顎を動かす筋肉の機能をできるだけ低下させないようにします。
・口の中が乾燥しがちなので、口内用のジェルなどの保湿剤で保湿します。
・粘膜の汚れにはスポンジブラシなど柔らかいブラシを使い、口腔粘膜を傷つけないようにして口腔内を清潔に保ちます。
・口腔ケア中の誤嚥を防ぐためには、上体を起こして頭をうつむき加減にしてもらうとよいでしょう。
まとめ
誤嚥性肺炎は高齢者のかかる病気と認識されがちですが、嚥下機能が低下した状態で感染源の細菌に常にさらされていると、年齢を問わず発症する恐れがあります。
一度起こすと繰り返し悩まされがちな誤嚥性肺炎は、予防することが何より肝心です。
今回ご紹介した誤嚥性肺炎の原因・注意点・予防改善法を、「誤嚥を起こさない」「誤嚥を肺炎につなげない」ための健康管理法として、ぜひお役立てください。
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