歯を抜く治療はとても嫌なものです。しかしそれは、抜歯を受ける側に限った話ではありません。実は歯科医師側もなるべくは歯は抜きたくないものです。
歯は同じ形のものは1つとしてなく、それぞれが別々の役割をもって生えています。しかも、永久歯は一度抜くと二度と生えてはきません。
ですから、歯科医師は抜かずにすむ様に、むし歯治療や歯周病治療を行ないます。
しかし、どうしても歯を抜かなければならない場合があります。
そこで、抜歯しなければならない歯はどういう歯か、そして抜歯に関するメリットやデメリットなどをご説明します。
1.抜く必要のある歯とない歯
1-1.むし歯
むし歯とは、むし歯菌が産生する乳酸により、歯がとかされていく病気です。一度とかされた場合、ごく初期の段階を除き、自然に回復することはありません。ですから治療をしないとどんどん進行していきます。
1-1-1.歯の構造
歯は、歯茎付近を境として、上の部分を歯冠(しかん)、下の歯茎に埋まっている部分を歯根(しこん)といいます。
歯冠は、エナメル質と象牙質の2層構造になっています。エナメル質は、歯の表面を覆っており、その硬さは骨よりも硬いといわれています。すなわち、身体の中で最も硬い部分です。象牙質は、エナメル質の下の部分で、歯根にまで続いています。象牙質の奥に、歯の神経である歯髄(しずい)があり、歯髄がある空洞を歯髄腔(しずいくう)といいます。歯髄は、歯根の先にまで続いており、血管と神経が存在しています。歯はこの血管から栄養や酸素を受け取っています。
歯根は、象牙質で出来ており、その表面はセメント質という部分で覆われています。なお、セメント質は、後述する歯周組織に含まれています。
1-1-2.むし歯の分類
むし歯は、その進行具合からC1からC4まで4段階に分類されています。
C1:むし歯が歯冠のエナメル質にとどまっている状態
C2:むし歯がエナメル質から象牙質にまで進行した状態
C3:むし歯が歯髄にまで達した状態
C4:歯冠がむし歯により無くなった状態
1-1-3.抜歯対象となるむし歯
このうち抜歯対象となるのが、C4です。C4であっても歯茎の縁に近いところまでなら、なんとか残そうと治療することがありますが、歯茎よりも下の方にまでむし歯が進んでしまった場合や、奥歯の場合であれば歯根の分かれ目に達した様な場合であれば、残念ながら抜歯の対象となります。
1-1-4.抜歯の対象にはならないむし歯
C1からC3までであれば、抜歯せずむし歯治療をして治すことが出来ます。
治療法は、各段階によって異なります。C1からC2までなら、コンポジットレジンというプラスチックを詰めたり、インレーと呼ばれる小さな金属製の被せものをつけて治すことが出来ます。C3であれば、神経をとって差し歯にすることで歯を残していくことが出来ます。
・コンポジットレジンについては、以下の記事で詳しく説明しています。
虫歯を削らずに保険で白く治療!コンポジットレジンとは
1-2.歯周病
歯周病とは、歯を支えている部分である歯周組織が歯周病菌により炎症を起こし、傷められてしまう病気です。歯周病は、炎症が歯茎に留まった歯肉炎と、骨まで進んだ歯周炎に分けることが出来ます。
歯周病もむし歯と同じく、初期の段階を除いては自然にもとの状態に戻ることはまずありません。適切に治療をしておかなければ、歯がグラグラして抜けてしまうことになります。なお、成人以降の抜歯の最大の原因が歯周病です。
1-2-1.歯周組織とは?
歯を支えている部分を歯周組織といいます。歯周組織は、歯茎、歯槽骨(しそうこつ)、歯根膜(しこんまく)、セメント質から成り立っています。歯を支えるのが歯槽骨の役割ですが、歯は歯槽骨と直接ついているわけではありません。歯根膜という薄い靭帯の様な部分を介してついています。歯根膜があるので、歯は抜け落ちることがありません。なお、歯根膜は歯側ではセメント質についており、歯根側の象牙質とも直接ついているわけではありません。
1-2-2.歯周病の分類
歯周病もむし歯と同じくP1からP4までの4段階に分類されております。
P1:歯周ポケットが3〜4[mm]とすこし深くなった状態です。歯槽骨の吸収は始まっていますが、ごく軽度です。
P2:歯周ポケットが4〜5[mm]となり、左右に揺れ始めます。歯槽骨の吸収は、歯根の1/3までです。
P3:歯周ポケットが6[mm]以上の深さになり、左右だけでなく前後も含めた2方向に揺れます。歯槽骨の吸収は、歯根の長さの2/3にまで及びます。
P4:上下方向にも揺れ始め、押さえると沈み込みます。ここまでくると歯槽骨の吸収は、歯根の全域に及びます。
1-2-3.抜歯の対象となる歯周病
P4の段階にまで進んでしまった歯は、残念ながら抜歯の対象となります。
P4の段階にまで歯周病が進んでしまいますと、その歯の周りの歯槽骨はほとんど吸収されています。そして、歯槽骨の吸収は隣の歯の歯槽骨まで広がっていきます。こうなりますと、P4の歯ばかりか、隣の歯まで歯周病で保たなくなるようになります。P4にまで進んだなら、歯を抜いておいた方が、残された歯にとってはいいです。
1-2-4.抜歯の対象とはならない歯周病
P1からP3であれば、抜歯せず歯周病の治療を行ないます。
歯周病治療の基本はプラークコントロールにあります。プラークコントロールを確実に行なうためには、日々の歯みがきと、定期的な歯科医院での歯の掃除がとても重要になってきます。こうしたことがきちんとなされていなければ、歯周病は治療を試みても進行していきます。
・歯周病については、以下の記事で詳しく説明しています。
専門家監修|歯周病の進行度を自己チェック!進行別治療方法
1-3.乳歯
乳歯は、永久歯が生えることにより自然に生え変わっていくものですが、中にはグラグラはしているけれど、中々抜けてこないものがあります。この状態でしばらく様子を見ていると、次に生えてくる永久歯が、まっすぐ生えてこず、ゆがんで生えてくることがあります。永久歯の歯冠が見えてきても、残っているようなら、その乳歯は抜いた方がいいと思われます。
1-4.親知らず
親知らずとは、正式には第三大臼歯とよばれる最奧に生えてくる歯です。生えてくる年齢も最も遅く、18歳前後となります。親が子供の歯を管理しないような年齢になってから生えてくるという意味で、親知らずと言われるようになったといわれています。
親知らずは、きれいに生えてくることがほとんどありません。大抵は、横に倒れて生えてきます。まっすぐに生えていても、奥側が歯茎に覆われていたりして、歯磨きがきちんとできない状態だったりします。
そのために、よく腫れてきます。ひどい場合は、顔まで腫れてくることもあります。そうした理由により、生え方が悪かったり、磨きにくさからむし歯になったり、そして腫れたりしたことのある親知らずは、抜歯したほうがいいでしょう。
1-4-1.残しておける場合
親知らずでも、残せる場合はあります。それは、まっすぐ生えており、歯茎に覆われている部分がなく、かつ磨きやすい状態にある場合です。ただ、このような好条件の親知らずはあまりありません。
1-5.矯正歯科治療
矯正歯科治療とは、歯並びを治す歯科治療です。歯の表面に金属製の針金を前歯から奥歯までつなげて治療しているイメージがあると思います。
矯正しようとしても、顎の大きさと歯のバランスが合わない場合、きれいに歯が並ばなくなります。その場合、顎の骨格を大きくすることはできないので、歯を1本抜くことがあります。たいていの場合は、前から4番目の歯、第一小臼歯と呼ばれる歯がその対象になることが多いです。
1-6.過剰歯
過剰歯とは、本来はあるべきではない歯のことです。簡単に言うと、余分な歯ということです。
多くは、上顎の前歯の間の根元の骨の中にあります。これを上顎正中過剰埋伏歯と言います。骨の中に完全に埋まっているので見えないのですが、これがあることで、前歯に隙間ができることがあります。前歯の隙間が閉じない場合、これが原因であることが多く、その場合抜歯する方がいいとされています。
1-7.骨折線上にある歯
顎の骨が骨折することがあります。交通事故や転倒などその原因は様々です。
もし、その骨折線の上に歯がある場合、その歯は抜歯したほうがいいとされています。なぜなら、歯を通して、骨折部位が細菌に感染し、化膿を起こして腫れてくる可能性が高いからです。
1-8.外傷で折れた歯
交通事故などの外傷により、歯が折れてしまうことがあります。たいていの場合は、残すことが出来るのですが、特に歯根の折れ方によっては抜かざるを得ないときがあります。
2.歯を抜くメリット
2-1.むし歯の拡大を防ぐ
むし歯ができると、その部分はとても磨きにくくなります。それにともない、隣にある歯にむし歯が出来ることがあります。
もちろん、むし歯治療で改善出来る場合は、むし歯治療を行なうことで、磨きにくいところをなくして隣の歯も守ることが出来ます。しかし、むし歯治療では対応出来ないくらい進んだむし歯の歯については、抜歯をすることで、残された歯を守るようになります。
2-2.歯周病の拡大を防ぐ
歯周病は、細菌感染により歯周組織が傷つけられる病気です。進行に伴い歯槽骨が吸収されてきます。
当初は症状のある歯1本分だけ歯槽骨が吸収されていても、歯周病の進行により、隣の歯の歯槽骨まで吸収が進んでしまうことがあります。そんなとき、原因の歯を抜くと、歯周病の進行と拡大を防ぐことが出来ることがあります。
2-3.親知らずからくる炎症を防ぐ
親知らずを抜歯することで、親知らずに起因する炎症を防ぐことができます。また、親知らずが原因で磨きにくい場合、これにより隣の歯にむし歯を作ることがあるのですが、それを防ぐことにもなります。
2-4.矯正治療をしやすくする
歯を減らすことにより、歯をきれいに並べることができます。また、上顎正中過剰埋伏歯を小学校低学年までに抜歯すれば、前歯の隙間を自然に閉じることができる可能性が生まれます。
2-5.骨折部位の治りを良くする
骨折の治療は、折れた骨をしっかりと合わし続けることで、骨をつなげることにあります。その時、細菌感染が起こると、骨の治りが非常に悪くなります。抜歯することで、こうしたリスクがなくなり、治りが良くなります。
3.歯を抜くデメリット
抜歯を受けることによるデメリットについてまとめてみました。
ただし、矯正歯科治療のための抜歯に関しては、すべてに該当するわけではありませんのでご安心下さい。
3-1.かめなくなる
歯が無くなると、当然ですがその部分で噛むことが出来なくなります。
3-2.他の歯の負担が大きくなる
他の歯で噛まなければなりますので、その分、残された歯にかかってくる負担が大きくなります。そのために、残された歯の寿命が短くなることもあります。
3-3.歯ならびが変わってくる
歯が無くなることで、そこに向かって奥側の歯は倒れ込んできます。咬み合わせている歯はのびてきます。こうして歯ならびが徐々に変わってきます。
3-4.発音がしにくくなる
上顎の場合に顕著なのですが、歯が無くなることで歯ならびに穴が生まれます。その部分から息が抜けていきます。これにともない、発音がしにくくなり、声が不明瞭になります。
3-5.見た目が悪くなる
歯が無くなることで、見た目が悪くなってしまいます。前歯が無くなると、唇が落ち込んできますので、老けてみられる様になります。奥歯の場合は、頬が落ち込んできます。
まとめ
むし歯や歯周病がかなり進んでしまった場合や、親知らずで生え方がよくない場合、過剰歯や外傷など病的な原因で抜歯をすることもあれば、矯正歯科治療のために抜歯をすることもあります。
どんなことにもメリットとデメリットがある様に、抜歯についても同様です。
抜歯を受ける前には、どうして歯を抜く必要があるのか、そのメリットとデメリットを含めて十分説明を受けてから、抜歯を受ける様にしましょう。
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